株式会社シマノ感染症対策・予防接種の取り組み
職場でクラスターを出さない感染症対策とは

自転車部品や釣具などの開発、製造、販売を営む株式会社シマノ(本社大阪府堺市、以下シマノ)では、「クラスターを出さない」という明確なビジョンの下、風しん第5期定期接種や新型コロナワクチンを事業所内で行うなど、積極的な感染症予防対策を推進しています。専属産業医を務める菅秀太郎先生に、実際の新型コロナウイルス感染症対策なども含めシマノにおける感染症対策について伺いました。

株式会社シマノ
総務部 専属産業医 菅秀太郎先生

プロフィール
2010年3月 産業医科大学医学部医学科卒業。2019年4月より現職。同時に神戸大学大学院医学研究科内科系講座小児科学 社会人大学院生となり、小児科学の研究・論文発表などを精力的に行っている。

会社概要
自転車部品、釣具、ロウイング関連用品等の開発・製造・販売を行う。1921年(大正10年)、大阪府堺市で創業。古墳を作る道具や副葬品など、紀元5世紀にまでさかのぼる堺の金属加工技術を背景に、世界有数のアウトドア製品メーカーとなる。社員数は1,442人(シマノ本社、2020年12月31日現在)。

勤務時間内に受診できることが重要

弊社では、昭和62年より『シマノ診療所』という社内診療所を設置しています。ここでは採血や抗体検査、予防接種なども含めた医療行為ができるため、シマノ診療所は弊社の感染症対策における重要なベースとして機能しています。私も通常業務は健康管理室ですが、医療行為はシマノ診療所で行っています。
社員が勤務時間内に受診できる環境を整えておくことは、社員の健康管理に重要だと考えています。診療所が会社になくても、例えば予防接種であれば事業所内接種を行うことで受診率を上げることが可能です。
シマノ診療所の医師や看護師は近隣の堺山口病院に外部委託し派遣していただいています。看護師は毎日常駐、医師の診察日は週2回です。予防接種の実施だけでなく、社員の疑問や相談にも対応しています。堺山口病院院長の山口茂樹先生をはじめ看護師の皆さんとコミュニケーションが円滑に取れており、特に予防接種に理解があるところが助かっています。

感染症対策として予防接種を重視

予防接種は医学的根拠のある感染症予防対策です。これまでその時々の流行に応じ風しんや新型コロナウイルス感染症に対する予防接種を全社的な取り組みとして実施してきましたが(シマノ関連記事(風しん第5期定期接種):「スピーディーかつスムーズなワクチン導入の決め手とは?」)、これらにとどまらず、希望する社員にはできるだけ様々な予防接種を受けてもらいたいと考えています。堺山口病院院長の山口茂樹先生も同じ思いを共有し、堺山口病院のご協力の下、予防接種の社内推進に足並みを揃えて臨んでいます。

会社で導入している予防接種とは

弊社で導入している予防接種は、海外赴任時にはA型およびB型肝炎の予防接種、破傷風、狂犬病、日本脳炎ワクチンは赴任者本人や帯同家族の接種状況を確認して接種します。これらは弊社の費用補助の対象になっており、補助の対象範囲には赴任者の家族も含まれています。
国内勤務では予防接種の費用補助は特段ありません。ただし、診療所で勤務時間内に接種できますので、この点では融通が利き、社員の利便性は高いと考えています。
このほか、風しんや新型コロナウイルス感染症など、その時々の流行に対応して対象者に社内キャンペーンを行ったり、社内イントラネットを使用し疾患啓発などの情報を提供しています。職場で理解、納得したうえで予防接種を受けられる体制を整備しています。

安全衛生委員会は重要な方針決定の場

弊社の安全衛生に関し決定権のある上位組織として安全衛生委員会があり、その下には安全衛生課、健康管理室、製造部…といった様々な部・課組織が連なっています。参加メンバーは専務、取締役、部長といった経営陣・幹部管理職と産業医、保健師といった医療を専門とする職員で、安全衛生についての議論や決定を行っています。
安全衛生委員会で決まったことは、重要な会社決定事項となります。経営陣が出席しているため、スピーディーな決定と実施が可能なのです。安全衛生委員会で発表された資料は弊社のイントラネットで全社員に遅滞なくリリースされ、共有されています。

「クラスターを出さない」が感染症対策のミッション、
リスクコミュニケーションを

社内には安全衛生委員会の下、さらに感染対策チームを設置し、私も所属しています。弊社の感染症対策のミッションは、「クラスターを出さないこと」です。これも安全衛生委員会の討議を経て決定されました。感染が急拡大していた時期に「感染者を出さないこと」を目標としてしまうことが現実的ではなく、感染者は発生しても社内クラスターを出さないことが社内での感染対策が上手くいくためのミッションとして適していると考えました。ミッションを遂行するために何が必要で、何が必要でないかを慎重かつ丁寧に吟味しています。その意味で予防接種は企業の感染症対策に必須であり、予防接種で防ぐことのできる感染症に対しては積極的に予防接種の導入を進めています。
安全衛生委員会で意思決定の元となる医学情報は、主に国内外の医学論文から得ています。感染症が発生すると、根拠のない予防策などの情報が氾濫しますので、論文化された確固たるエビデンスを医師として責任をもって情報収集・社内共有し、医学的根拠に基づいて「行うこと、行わないこと」を明確に取り決め実行しています。

感染症を経営陣はどう捉えているか?

感染症は事業継続計画(Business continuity plan:BCP)の観点から企業の脅威であり、排除しなくてはならないことは言うまでもありません。しかしそこにとどまらず、感染症の予防は一人ひとりの社員とその家族、ひいては社会を守ることにつながるという社会貢献の意識を経営陣が一体となって共有しています。このため、厚生労働省が風しん第5期定期接種を決定した際にも、風しん抗体検査、抗体価陰性者へのMRワクチン接種を社内でスピーディーかつスムーズに行うことができました(シマノ関連記事(風しん第5期定期接種):「スピーディーかつスムーズなワクチン導入の決め手とは?」)。
私は専属産業医として総務部に所属する一社員ですが、経営陣を筆頭に安全衛生委員会のメンバーはみな医療の専門家として尊重してくれていて、意見や提案にいつも耳を傾けてくれます。新型コロナウイルス感染症の予防対策はどこの会社も苦労されていると思いますが、弊社が全社をあげて迅速に予防接種を事業所内で実施できたことは、職位にとらわれず自由に討議を行う社風と日頃から社内での対話が豊富な土壌が育まれていることが大きいと感じています。

コロナ対策で具体的に実施したこと

新型コロナウイルス感染症対策についてもすみやかに安全衛生委員会で討議し、社内で『クラスターを出さない』つまり集団感染をゼロにするという目標を掲げました。続いてこの目標に照らし、行うこと、行わないことを医学的見地に沿い明確化し、表の①~④を実施しました。

 表 
新型コロナウイルス感染症対策(株式会社シマノ)
  1. 新型コロナワクチンの事業所内接種を実施
  2. 毎日の発熱者情報収集(発熱者の情報を健康管理室で集約し、出社判断を行う)
  3. 防災用に備蓄していた不織布マスクを2020年3月より継続して配布
  4. アルコール消毒をコロナ感染が騒がれた初期から社内各所に設置し消費量のモニタリングを継続、アルコール消費量が落ちてきたらアルコール消毒励行を呼びかける
  5. 会議室等の定員を渡航医学会の計算式により算出、定員の適正化・モニタリングを実施

新型コロナワクチン導入、まずは情報提供から開始

新型コロナワクチンの情報提供は、実施3か月前から第1弾、第2弾、第3弾と毎月私がレクチャー形式の情報提供を行いました。全社員が参加できたわけではありませんが、実際にレクチャーを聞いてくれた社員は職場の同僚にもよい影響を与えてくれた模様です。新型コロナウイルス感染症についてだけでなく、予防接種全般について社員から疑問が上がれば労働組合がまず相談に乗り、医学的な質問については私が説明を行っています。安全衛生に関わる情報に関しては、なるべく丁寧に説明することを心掛けています。

大ホールを使った新型コロナワクチン接種

前述の通り事前情報の共有を行いながら、正社員だけでなく派遣社員やその家族を含めて希望者を募り、2021年7月5日より新型コロナワクチンの接種を開始しました。

これまでで最大規模の事業所内接種となるため堺山口病院に全面的にバックアップを要請し、ヘルプも募って医療担当者を増員しました。短期間に大勢の接種を行えるよう、会場は診療所ではなく1,000人規模を収容できる社内大ホールに決定。新型コロナワクチン接種期間と定めた7月~8月には、大ホールはワクチン接種を最優先して使用することを経営陣が了承してくれました。おかげで週2回のワクチン接種日以外も接種会場の設営を崩さずに予防接種を実施でき、非常にスムーズに接種率を高めることができたと思います。会場ではワクチン接種の列を2列もしくは3列設置し、私も自ら問診と救急対応を行いました。国内各地の営業所に勤める従業員は、会社が交通費を支給し基本的に本社まで来てもらい、下関と熊本工場の従業員については下関で一括して職域接種を行いました。
こうして一度目の接種は7月中に終了し、8月時点のワクチン接種率は大阪の一般的な接種率の2~3倍程度を達成することができました1)

新型コロナワクチン事業所内接種での課題

今回の新型コロナウイルス感染症対策については、当初、例えばウイルス感染防止のため郵便物受け取りを廃止した方がよいのではといったありとあらゆる対策案が提出されました。『やれることは何でもやろう』という勢いの中で、冷静にエビデンスのある対策に絞り、弊社として『行わないこと』を決定するのがむしろ大変だったという印象があります。
また実際の接種における会場準備に関しては、社内で医療者は私と保健師の2名のみという状況の中、7・8月の2か月という限られた期間で大規模な接種を行わなければなりませんでした。このため、接種業務をサポートしてくれた一般社員にも専門性が要求される準備(万一有害事象が起きた場合の準備等)に対する理解を深めてもらえるよう努力しました。

企業の感染症対策で産業医に求められるものとは

企業が感染症対策を行うにあたり、産業医の役どころとは、医療における正確な知識を常にアップデートし、エビデンスに基づいた最新情報をわかりやすく伝えることにあるのではないかと思います。産業医にできることは限られており、決定権を持つわけではありません。いかに他部署を巻き込んで、協力してもらえるかの勝負です。鍵となる部署との連携を図るため、コミュニケーションを取りきちんと根回しを行っておくことは産業医に求められる重要スキルのひとつであると考えています。

シマノの感染症対策、今後の展望

今後の展望ですが、まず予防接種で防げる感染症のワクチンは、今後も積極的に導入を検討していきたいと考えています。そのためにも、安全衛生に関わる情報としての感染症対策について、社内の認知度をさらに上げていきたいです。情報を知れば知るほど、エビデンスに基づいた感染症対策の重要性に理解が深まると思います。
風しん第5期定期接種や新型コロナワクチンを全社的に行ったことで、感染症の予防だけでなく、社内の医学知識レベルも向上したと感じています。今後さらに社内レクチャーを積極的に行うなど、多くの社員が参加する施策を練っていきたいと考えています。

  • 1)ワクチン接種記録システム(VRS)2021年8月1日大阪府接種率より
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