コストパフォーマンスではなく、
従業員の健康にお金をかけるという視点を

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横浜市立大学医学群健康社会医学ユニット 准教授
五十嵐 中 先生

略歴

2002年東京大学薬学部薬学科を卒業、2008年同大学院薬学系研究科博士後期課程を修了する。2015年同大学院特任准教授、2019年同大学院薬学系研究科医薬政策学客員准教授、同年より現職。一般社団法人 医療経済評価総合研究所 代表、国際医薬経済・アウトカム研究学会日本部会 理事、日本薬剤疫学会学会誌「薬剤疫学」編集委員を兼任。

企業が予防接種社内制度を導入する際に考えることは「予防接種社内制度を導入したとき、導入のコストと、それに伴うメリット(どれだけ労働力低下防止につながるのか)のバランスはどうか?」ではないでしょうか。
予防接種社内制度を企業に導入する際の考え方として、横浜市立大学医学群健康社会医学ユニット准教授の五十嵐 中先生は、「企業が払うコストの削減を追求するのではなく、従業員の健康維持にお金をかけるという視点を持ってほしい」と強調しています。予防接種の費用対効果の見方、そして企業に予防接種社内制度を導入する際の考え方について、五十嵐先生に伺いました。

予防接種によってもたらされる費用対効果の考え方

医療の「費用対効果」…というと

  1. 医薬品を導入するのにかかるコスト(ワクチン代や診察費など)
  2. 医薬品を導入することによって将来減少し得る医療費等のコスト
    (感染患者が外来や入院治療のために使う費用、通院にかかる交通費、早期死亡や後遺症によって失う時間、家族が看病のために費やす時間などを金銭的価値として算出)

① を費用・②を効果と考えてしまいがちです。
しかし正しくは、①と②の両方ともに費用と扱われます。
では効果は?と言えば、

  1. 医薬品によってもたらされる健康状態の改善(健康アウトカム:治療や予防などの医学的介入から得られる結果・成果、つまりワクチンによる感染症発症数の減少、感染症による死亡の減少、感染症回避による生活の質の維持)

を指します1)。すなわち、①と②を比べて「②が大きくなる=費用が安くならなければダメ!」と判断するのは、正しい「費用対効果の評価」ではありません。①>②となって費用増加になったとしても、十分大きな③=健康上のメリットが得られれば、費用対効果は良好と判断できるのです。

ワクチンの費用対効果については、多くの研究が報告されています。しかし、全く同じワクチンの評価でも、費用をどこまで含めるか(医療費だけ?生産性損失も含める?)・どのように計算するか(例えば生産性損失を計算する際に、介助者の費用を含めるかどうか)など、設定次第で結果は大きく変わってしまいます。複数の研究結果を比較したいときは、土俵すなわち前提条件を揃えることが不可欠です。

企業で予防接種の助成制度を導入するときでも、従業員の年齢構成や規模などによって、感染者数をどの程度減らせるかは変わります。そのため、一律に費用対効果を語ることは難しくなります。

コストの差分に見合った効果

医療経済学的には、①予防接種にかかるコストが、②予防接種によって将来減少し得る医療費などのコストを上回り、結果的にコストが増えたとしても、③増えたコストに見合った健康アウトカムが得られれば、医療経済学的には妥当と考えられています。
「費用対効果に優れる」と「医療費が安くなる」とは別物なのです。

予防接種の場合もこれと同様に、コストの差分に見合った効果の改善があるか否かを評価すべきでしょう。予防接種の助成制度を導入する際には、社員の健康を維持するためにリソース(お金)をかけるという視点がもっと重要視されても良いと思います。

企業が予防接種の助成制度を導入する際の考え方
図:企業が予防接種の費用補助制度を導入する際の考え方

従業員の健康維持を最優先課題に

総務・人事担当者が、予防接種社内制度を導入するときに、「予防接種の導入コストに対して、将来、感染症にかかる従業員が減少することによって生産性の低下や治療費の削減が見込めます」と経済性を社内にアピールしたいところだとは思います。しかし、費用対効果は各社の状況によって変わり、一概にはいえません。

そのうえで、「企業として、お金だけではなく、福利厚生や従業員の健康など、多面的な価値に重きを置く姿勢こそが大切である」ということを社内で強調していただきたいと思います。

  • 1)五十嵐中、佐條麻里著.「薬剤経済」わかりません.2014;13. 東京図書.
  • 2)厚生労働省 取り組みませんか?「魅力ある職場づくり」で生産性向上と人材確保
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