Hand in Hand
二度と流行を起こさない。
風しんの知識を伝え、みんなで命を守る社会へ

2021.4

妊娠中、たまたま風しんに感染してしまった―たったそれだけのために、生まれた子どもが先天性心疾患、難聴、白内障などの障がいを背負う先天性風しん症候群(congenital rubella Syndrome:CRS)を発症することがあります。2012~2013年の風しん流行時における風しん患者は、30~50歳代の働き盛りの世代の男性が、全体報告例のうち49%を占めました1)。2015年の流行時には、企業で集団感染が発生しました。患者は30~50歳代であり、ほぼ男性でした2)。風しんの罹患りかんは、従業員だけでなく、その家族の一生を左右することにもなりかねません。風しんウイルスに感染した母親たちとその子どもたちによる風しん啓発団体「風疹をなくそうの会『hand in hand』」の共同代表 可児佳代さんと、役員 大畑茂子さんにお話を伺いました。

コラム

「風疹をなくそうの会 『hand in hand』」は先天性風しん症候群(CRS)の子を持つ母親とその子どもたち、CRS当事者によるグループです。2013年に発足し、国や自治体、メディアに対して風しん対策の推進を訴えるほか、同じくCRSの子を持つ家族との交流、医療関係者との連携など、風しん排除を目指して幅広い活動を行っています。

可児佳代さんのお写真

可児佳代さん

可児さんはご長女を妊娠中の1982年、風しんに罹患りかん。生まれてきた妙子さんは、CRSとして、白内障、難聴と心臓病を患っていました。妙子さんは、重い障がいを抱えながらも家族と共に闘病を続け、ろう学校に進学。笑いすぎて体の負担になるのではないかと周囲に心配されるほど、明るく感情豊かな女の子でした。将来、体が思うように動かなくなっても続けられるようにと、親子でパソコンの練習にも励んだそうです。しかし、心臓病の悪化により、18歳の若さでこの世を去りました。

活動のきっかけ

風しん排除に向けた取り組みのきっかけは、娘を失った悲しみと向き合うために、娘との思い出をブログに綴り始めたことでした。当初はブログの中でCRSのことや予防接種の大切さを訴えていましたが、メディアを通じた積極的な活動は行っていませんでした。ところが、ブログを始めて11年が経ったある日、自分と同じくCRSの子を出産した西村麻衣子さん(現在、風疹をなくそうの会の共同代表のひとりとして活動)が、テレビで風しん排除を訴えている姿を見て、衝撃を受けました。西村さんは、亡くなった娘と同じ年齢だったのです。自分がもっとしっかり風しんの啓発をしていれば、彼女たちが苦しむことを防げたのに。自分の孫にあたる世代にまでCRSで苦しむ子を生み出してしまった、と感じました。最期まで頑張って闘病を続けた娘から「お母さん、もっと頑張らなきゃだめじゃない」と叱られた気分でした。このままではいけない。もっともっと大きな声で訴えなければいけない。そこから、「風疹をなくそうの会」を立ち上げて、本格的に活動を始めました。

風しんとCRSの連鎖を止めたい

CRSは、障がいを持って生まれた本人はもちろん、母親もすごく苦しむ障がいです。CRSを抱えて生まれた子どもたちは、それぞれ障がいと向き合い、懸命に生きていますが、母親はやはり、命に代えても守りたかったはずの子どもが、自分のせいで障がいを持って生まれてしまった、という思いを一生背負い続けます。私自身、娘を死なせたのは自分だと思っています。CRSを持って生まれてくる子も、私のような思いをする母親も、もう増やしたくありません。しかし、また2013年に風しんが流行してしまいました。私が罹患りかんした約40年前と何にも変わっていない、と悔しく思っています。2019年から、ようやく風しん抗体検査・ワクチン接種のクーポン券配布が始まりました。これを機に、風しんの流行を最後にしたい、と強く思っています。私たちのゴールは、活動を終えて、「風疹をなくそうの会」のユニフォームを脱ぐこと。クーポンの期限までに我々の活動も終えられるように。そんな思いで一層精力的に啓発を進めています。

風しんに感染した妊婦は中絶を勧められる。それが現実

妊娠中に風しんウイルスに感染したことが疑われた時点で、今でも当然のように中絶を勧められることがあります。風しんウイルスに感染してしまった妊婦さんをサポートするための公的な相談窓口が各地域に設けられていますが、実際にはそこに相談する前の段階で中絶を勧められ、誰にも相談できないまま受け入れてしまうお母さんもたくさんいます。せっかく授かった命を中絶という形で諦めざるを得ないのは、本当に辛いことです。CRS児が生まれるとメディアなどでも報道されますが、その陰では、もっともっと多くの、生まれることのなかった命があることも知って欲しいです。

ワクチンは人の命を守る大切なモノ

ワクチンは、私たちの命を守ってくれる、とても大切な存在です。
コロナ禍において、多くの人がワクチンに期待しているのを感じています。多くの人がワクチンへの期待を高めている今だからこそ、新型コロナウイルス感染症とは違う感染症にはなりますが「風しんワクチン、麻しん風しん混合ワクチン(MRワクチン)の接種で救われる命がたくさんある、未来の命を守ることができる!」ということを皆さんに知ってほしいと願っています。
未来の命を守るために!皆さまがワクチンを接種することで集団免疫を持って欲しいです。

大畑茂子さんお写真

大畑茂子さん

大畑さんは23年前、妊娠14週の時に風しんに罹患りかんしました。医師からは当然のように中絶を勧められましたが、どうしても受け入れることができずに出産を決意。生まれたお子さんは片耳に軽い難聴を抱えていました。耳の聞こえづらさをカバーするために、コミュニケーションの方法や日常の過ごし方について様々な注意や工夫をしながら生活し、現在は社会人となりました。

活動を始めたきっかけ

私は、自分のせいで娘が障がいを持ってしまったという罪悪感から、娘がCRSであることを周囲には公表しておらず、啓発活動も行っていませんでした。自分が妊娠中に風しんウイルスに感染したという事実は、自分の中から消してしまいたい過去でした。そんな中、2013年に風しんが大流行し、CRS児を持つ親と医療関係者が集まる緊急対策会議が開かれました。会場で出会った女性が、その流行の時に生まれた可愛い赤ちゃんを抱いていたので、名前を尋ねると、名前を教えてくれた後に、「両耳が聞こえないんです。一度でいいから名前を聞かせてあげたかった。」と悲しそうに仰いました。その言葉がとてもショックでした。私は、風しんの恐ろしさも、予防法も知っていたのに、それを誰にも伝えてこなかったせいで、この子の耳が聞こえなくなったんだと思いました。黙っていてはいけない、と強く感じ、啓発に取り組むようになりました。

知っていれば、守ってあげられた

私が風しんに罹患りかんしたと分かった時、医師からは当然のように「堕ろしますよね?」と言われました。それが普通だと言われ、産むことを反対されました。でも、まだ障がいがあるかどうかも分からないのに、元気な胎動も感じるのに、中絶することは考えられませんでした。医師からは早く中絶するように迫られ、周囲からも出産を反対され、あまりの辛さに消えてなくなってしまいたいと考えたほどでした。それでも、どうしても諦めることができず、夫婦で悩んだ末に出産を決意しました。結果的に、娘は片耳の軽い難聴を患っていただけでしたが、CRSの症状は、後から出ることもあるので、この先も油断はできません。娘を産んで後悔したことは一度もありませんし、娘もまた「お母さん辛かったよね、産んでくれてありがとう。」と言ってくれています。でも、防げるものなら防いであげたかったし、私が風しんに関する知識を持たなかったせいで、感染を防げなかったことは、死ぬまで後悔し続けると思います。だからこそ、一人でも多くの人に風しんの恐ろしさと予防法を伝えなければならないと考えています。

自分のため、周りのためにも―ワクチンを打つことが当然の社会になって欲しい

CRSは、原因も、防ぎ方も分かっていて、そのためのワクチンもある障がいです。あとはみんながそのことを知って、予防接種を受けるだけ。あと一歩だと思っています。
男女問わず、自分の抗体価にもっと意識を向けて、打てる人がワクチンを打つことで、色々な事情で打てない人のことを守ってあげる。それが自然にできる社会になって欲しいと願っています。

ワクチンの大切さを周囲にも訴えて

風しんのワクチンは、私たちの健康や、おなかの赤ちゃんの命を守ってくれる、とても大きな存在だと思っています。ぜひ、職場でもそのことを伝えて欲しい。
もっともっとワクチンの必要性をみんなが理解し、当たり前のように接種する社会になって欲しいです。

最後に

新型コロナウイルス感染拡大の事態を受けて、風しんワクチン、MRワクチンの接種をお願いしてきた者からお願いがございます。
新型コロナウイルス対策も、風しん対策も、予防のためにとれる対策は同じだと考えています。感染予防や、感染症から命を守ることについて、社会の意識がワクチンに高まる今だからこそ、ひとりでも多くの方に風しんワクチン、MRワクチンを接種いただき、未来の命を守る行動をお願いしたいと思っています。

コラム1
先天性風しん症候群(CRS)3)

免疫のない女性が妊娠初期に風しんに罹患りかんすると、風しんウイルスが胎児に感染して、胎児に先天性風しん症候群 (CRS)と総称される障がいを引き起こすことがあります。妊婦が顕性感染※1した場合の発生頻度は、妊娠1 カ月で50%以上、2カ月で35%、3カ月で18%、4カ月で8%程度です。また、成人の場合、15%程度の確率で不顕性感染※2となるため、⺟親が無症状であってもCRS は発⽣し得ます。CRS の3 大症状は先天性心疾患、難聴、白内障です。また3 大症状以外には、網膜症、肝脾腫、血小板減少、糖尿病、発育遅滞、精神発達遅滞、小眼球などがあり、その重症度も含めると、非常に多岐にわたる症状が現れます。

  • ※1 顕性感染:細菌やウイルスなどの病原体の感染を受け、感染症状を発症した状態。
  • ※2 不顕性感染:細菌やウイルスなどの病原体の感染を受けたにもかかわらず、感染症状を発症していない状態。
先天性風しん症候群のイラストイメージ
コラム2
2019年度から開始された風しん第5期定期接種

2018年に風しんが流行した際、その患者の95%以上が成人で、中でも定期接種の機会のなかった40~50歳代の男性が多く含まれました4)。これは風しんワクチンの接種対象が当初、女性に限定されており、1979年4月1日以前に生まれた男性には接種機会がなかったためです。これをうけ、政府は2019年より、昭和37年4月2日~昭和54年4月1日生まれの男性を対象に、抗体価をチェックしたうえで風しんワクチンの定期接種を行うことを決定しました。

  • 1)風疹および先天性風疹症候群の発生に関するリスクアセスメント第三版 2018年1月24日 国立感染症研究所 p.2
  • 2)静岡県内のA事業所を中⼼に発⽣した⾵しんの集団感染事例(IASR Vol. 36 p. 126-128: 2015年7⽉号)
  • 3)国立感染症研究所「先天性風疹症候群とは」
  • 4)国立感染症研究所 風疹流行に関する緊急情報:2019年1月7日現在
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